長期研修のストレスを原因として過労死の労災認定

長時間労働が存在しなくても、長期間の研修によって生じたストレスが「業務との因果関係がある」として、札幌地裁で過労死労災認定がされました。長時間労働が不存在でありながら、労災認定されたのは今回が初めてです。

‐‐‐ここから毎日新聞社記事を引用(記事本文はこちら)‐‐‐

北海道旭川市に住むNTT東日本の男性社員(当時58歳)が急性心不全で死亡したのは「業務変更に伴う長期研修によるストレスが原因」として、遺族が旭川労働基準監督署に対し、労災申請却下の取り消しを求めた行政訴訟の判決が12日、札幌地裁であった。橋詰均裁判長は死亡と業務の因果関係があるとして労災を認め、同労基署に却下処分の取り消しを命じた。遺族側代理人の弁護団によると、残業や長時間労働のないケースで裁判所が労災と判断したのは全国初という。

判決によると、亡くなったのはAさん。Aさんは心臓疾患を抱えていたが、01年4月、会社側から早期退職か業務変更を求められた。業務変更を選んだAさんは02年4月から札幌市や東京都で新業務に必要な技能習得のための研修に参加していたが、同年6月9日に死亡した。

判決で橋詰裁判長は「研修中は時間外労働がなく、労働時間の点で大きな負荷はなかった」としながらも、「日程や実施場所によって心臓疾患を増悪させ、急性心不全が発症した。研修参加、異動の不安が肉体的、精神的ストレスとなった」と判断した。

遺族は03年2月、同社に対し、約7,200万円の損害賠償などを求めて提訴。会社側に約1,660万円の支払いを命じた札幌高裁判決(09年1月)が確定している。

‐‐‐毎日新聞社記事引用はここまで‐‐‐

一般的に過労死と労災認定されるには「残業時間」を判断基準の主要素と捉えられてきました。それは、業務災害の労災認定されるための判断要素が…、

  1. 業務遂行性・・・前提として会社の管理下で仕事をしているということ。
  2. 業務起因性・・・その仕事をしていたから災害が発生した(その仕事をしていなければ災害は発生しなかった)ということ。

の2つをスタートに考えられるからです。

仕事中のケガなどは、実際にその場で起きることなので認定判断がしやすいのに対して、過労死や精神疾患については、ケガなどのように、その場でいきなり起こる訳ではなく、一定の期間を経て徐々に症状が出始めたり、実は業務とは関係なく、プライベートが原因で、たまたま発症(突然倒れるなど)したのが就業時間中だったというケースもあるので、非常に認定判断が難しいとされています。しかし、一定の判断基準は設けておかないと、何でもかんでも・・・という事態になってしまうため、前述したような(1)(2)を判断するにあたって、「労働時間の長さ」という、誰しも共通のものさし(単位)と「過労死」は結び付けられて考えられてきました。

これについては、平成18年改正の労働安全衛生法において、月100時間を超える時間外労働をして、疲労の蓄積が認められる場合には医師による面接指導を受けさせるという義務規定が作られました(80時間~100時間の間であっても努力規定)。

厚生労働省における過労死基準についても、健康障害発症のリスクは、長時間労働と深く関わりがあることが医学的な見地からも証明されているとして、発症前16ヶ月平均で、月あたり45時間の時間外労働(残業)を超えると健康障害発症率が高くなるとしています。発症前1ヶ月に100時間ないしは、26ヶ月の平均で80時間を超える時間外労働(残業)を行った場合は、かなり強い確率で健康障害を引き起こす可能性があるものとして取扱われています。

この時間外労働の存在の有無にプラスして「勤務形態・作業環境・精神的緊張」があったかどうか?が加味されて過労死に係る労災認定の総合判断がなされてきた経緯があります。ただ、これにも賛否両論があって、過労死等の判断要素の主を「労働時間の長短」としていることは偏り過ぎていないか?労働時間の長さだけで過労死認定の可否が決められているところがある!という反発の意見もあった訳です。

今回の札幌地裁の判決はまさにこうした声をくみ上げて判断したと考えられる可能性があります。なぜなら、残業もなく定時で帰れていた訳なので、これまでの「労働時間の長さ」を判断要素として考えれば過労死には当たりません。現に、旭川労働基準監督署は労災の不支給決定を下しています。これを覆し、「労働時間における大きな負荷はない」と明言しておきながら、どちらかというと今まで、長時間残業の存在を確認した後の総合判断で要素とされてきた「勤務形態・作業環境・精神的緊張」の方を前に押し出して(研修・異動の不安という点)労災認定を認めた訳です。

引用文中にもあるように、長時間労働が存在しないのに労災認定をしたのは初めてのケースです。地裁レベルですが、この判決は1つの判断とされて今後の労働基準監督署における現場事務や裁判に影響を及ぼすのではないかと思います。

労災認定がされると、会社の民事上の損害賠償の問題も出てきます。今回は1,660万円で判決確定がしたようですが、中小企業にとっては、経営を揺るがす大変大きな損害賠償額です。労務リスクによる一発倒産もありえます。事業経営上、社員の配置転換や異動は想定される範囲のことですが、時期や方法を誤るとこうしたケースに陥る可能性があります。

持病を抱えている社員であったり、異動場所が現在とは異なる新天地であったり、その時期がタイトであったりと、社員の置かれている環境が急激に変わってしまうような場合は、アフターフォローを怠らない労務管理が望まれます。


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佐藤 正欣

佐藤 正欣

SRC・総合労務センター 特定社会保険労務士。株式会社エンブレス 代表。専門は人事・労務。

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