老後資金2,000万円問題について考える

はじめに

金融庁が公表した報告書(正確には『高齢社会における資産形成・管理』(金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書))が世間を騒がせています。
老後生活において、老齢年金は生活の大切な基盤となるため、国民の関心が高いことが窺えますが、どうも資金不足2,000万円だけが独り歩きしてしまっているような感があり、本来考慮すべき論点からずれてしまっているような気がしてなりません。老後の生活を支える大切な基盤であるが故に、私たち国民各々が冷静にこの問題を考えるべきだと思うからです。

100年安心の年金制度の本当の意味は?

この言葉は、2004年、当時の自公政権が年金制度改革を行った際に生まれたスローガンです。
昨日の国会議論をみていると、野党は、今回の金融庁が出した報告書を持ち出して、「100年安心の年金制度は嘘ということか?!」、「国家的詐欺に等しい」と言っていますが、野党は勘違いしているのか(あるいは、理解しているが争点としたいからなのか)、当時からこのスローガンは、100年後も公的年金制度が持続的に維持できるようにといった意味で使われているだけで、いまの受給世代が受けている老齢年金額そのものを100年後も保障するとは一言も言っていないのです。

従来は、給与や物価の上昇に伴って年金額も増えていっていた訳ですが、高齢長寿化によって、このままの制度運用では現役世代から徴収する保険料が際限なく上昇するおそれが出てきました。そうならないよう、保険料率に上限を設け、給与や物価が上昇した場合、これを年金額にそのまま反映させるのではなく、調整(給与・物価上昇分から一定割合差し引いて反映)し、現役世代からの保険料収入の範囲で給付(年金)を行うように制度変更された訳です。これは「マクロ経済スライド」と呼ばれています。これらを踏まえ、厚生年金の給付水準は、モデル世帯でみて、現役世代の平均手取り収入の約5割程度を受給できるようにするとされています。

また年金制度が破綻しないように、5年に1度見直しの時期(「財政検証」といいます)を設け、その見直し時から、常におおむね100年後を考えた時に、年金として給付している1年分の積立金を国が保有し続ける運営を私たち国民に約束しています。ここから100年安心が導き出された訳です。

一方で、先で述べたように、2004年の制度改正時において、保険料率に上限を設け、現役世代から集める保険料収入の範囲内で年金の給付をすることになりました。さらに、給与・物価が上昇した場合、上昇分から一定率を差し引いて年金額に反映させることが決まりました。当時から年金額が目減りするだろうことは、わかりきっていたことなのです(それでも、国会を通過しました)。

したがって、100年安心は制度維持の話であり、老齢年金額の保障を意味していません。ここをすり替えて、2004年当時に追及するのならともかく、今になって年金額そのものがどうなんだ!?と野党が政権に詰め寄っているのは、どう考えても違和感でしかありません。

金融庁の報告書について

このようなことから、今回の金融庁が公表した報告書は、ある意味で正直な話しづらいところをオープンにして私たち国民に語り掛けてくれたもので、うやむやにされるより、私個人としては意義あるものだと捉えています。

現在においても、公的年金の平均受給額は約15万円(厚生労働省「平成29年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」より)程度とされており、金額をみれば公的年金だけで老後生活を送るのは難しいと言わざるを得ません。

おわりに

今回の金融庁の報告書は、私たち国民に対して老後問題を投げかけていると思います。せっかくの良い機会なのですから、私たち国民は感情的にこれにワーッと噛みつくのではなく、ぜひ冷静に考えたいものです。

自助努力について真剣に考え、できるところから対策していく必要がありますし、一方で、やはり老後は公的年金だけで生活できる国づくりを希望するのであれば、政権選択を真剣に考える必要があります。若い世代は、投票に行って意思表示をする必要もあるでしょう。あくまでも、この国の主権者は私たち国民なのですから。

余談ですが、野党も年金問題を単なる政争の具にするのではなく、自分たちが政権を担った場合には、今よりも充実させた公的年金制度に設計し直し、給付額も手厚くするプランを示すとか、そもそも若い世代の給与額が上昇しないことの本質を突いて対案を示すとかしてくれたら、少しは国民の目も変わると思うのですが…。 論点をずらして年金制度の追及することだけはやめて欲しいものです。国民がいらぬ混乱をするだけです。

佐藤 正欣

佐藤 正欣

SRC・総合労務センター 特定社会保険労務士。株式会社エンブレス 代表。専門は人事・労務。

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